fes de morocco
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フェズのメディナ
ルシーフ・モスク
「モスク」とはアラビア語のマスジド(ひざまずいて礼拝するところの意味)から派生した言葉で、イスラム教徒が集団で礼拝する場所のこと。柱廊で囲まれたパティオ(中庭)の中央には身体を清めるための池や噴水があり、それを取り巻くように建物が立っている。
「ハラム」と呼ばれる礼拝のための大広間は奥行きにくらべて間口が広く、広間は横長に細く区切られて、中央の広い梁間が広間を二分している。
その奥には聖地メッカの方角に向いた壁に礼拝の方向(キブラ)を示すミハラーブ(※1)と呼ばれる壁がんがあり、その左にはミンバル(※2)と呼ばれる説教壇が置かれている。
※1ミハラーブ・・・モスクの中にあるメッカの方向を指す壁面の窪み。モスクの中心的な場所のため一番美しく装飾されるのが普通。   ※2ミンバル・・・金曜日の集団礼拝の際には、このミンバル(説教壇)にイマーム(礼拝の導師)が立って礼拝を先導する。
フェズにあるモロッコで最大のモスク
▼カラウィーン・モスク
857年にチュニジアのカイルアンから移住した女性ファティマ・フェヘリーヤによって建立されたもの。933年に金曜礼拝用のモスクに聖別された(このモスクの金曜礼拝は有名)。当初は小さな礼拝堂だったが、1135年にムラービト朝のムーレイ・ベン・ユーセフにより改築されてさらに大きくさらに美しいモスクとなった。現在北アフリカ最大のモスクである。
イスラームの教育機関としても国中で最も古く、10世紀にはハラカ(コーランの円座講義)が始まり、大学としての機能を果たすようになった。
14の入り口があり、16の身廊、270の列柱から構成される礼拝堂へと続く(※)。中庭はスペインのアルハンブラ宮殿の獅子の中庭を模したもので、大理石の柱に支えられた2つの泉亭がある。この建物はコルドバのウマイヤ朝様式とペルシアの要素を融合させている
※メッカの方向を示す壁と平行して、細長い部屋がいくつも並び、縦にのびる通路の奥にはみごとな装飾のミハラーブ(壁がん)がある。通路を覆う10個のドームのうち6個には、方形、長方形、円形の鍾乳石造り、他の4個には葉脈状の装飾が交互に用いられている。円蓋の下の部分に施された豪華な装飾に数多く見られるシュロの葉を扇状に広げたような文様はムワッヒド朝美術に特有のものである。
10世紀にここに設けられた図書館は、14世紀にはスルタン、アブー・イナーンの宮殿から写本類が移されてさらに充実したものになった。所蔵本3万冊のうち写本が1万冊を占める。イスラーム圏最大の図書館としてイスラーム文化の研究者達をひきつけている。
カラウィーン・モスクと同様に古いフェズのモスク
▼アンダルス・モスク
861年にメリアム(カラウィーン・モスクを建立したファーティマ・フェヘリーヤの妹)がコルドバから来たアンダルシア人たちのために小さな礼拝堂を建造した。956年にコルドバのスルタン、アブド・エッラフマン3世の援助によってライバルのカラウィーン・モスク(※)と同じようなミナレットが追加され、さらに13世紀にムワッヒド朝のエンナーセルによって大々的な再建が行なわれた。その後泉と図書館を追加して建設された。
このモスクの最高傑作は北部にある大門扉で彫刻のある木のひさしがついている。
※伝説によるとあるカイルワーンの富豪がフェズに亡命し、この地で亡くなったときに2人の娘に巨額の遺産を残した。2人の姉妹は信仰の厚さを競ってそれぞれ別のモスクを建立した。メリアムが建てたのがアンダルス・モスク。ファティマが建てたのがカラウィーン・モスク。
人々に礼拝の時間を知らせる
▼ミナレット
ミナレット(左写真:上に向かってのびる建物)はモスクの隅に建てられた尖塔で、ここからムアッジンが人々に礼拝の時間を知らせる。ラバトのハッサンの塔・マラケッシュのクトゥビヤ・フェズのアンダルス・モスクのミナレット等、各々の雰囲気のものが作られている。

フェズのメディナ
(左)ブー・イナニヤ・マドラサ
(右)シディ・ルッザース・モスク

マラケッシュのシンボル・クトゥビヤ



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